2008年現地見分

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事件概要
近況告知板

5月5日

2008年5月5日実施。参加人員は7名と少人数であったが、今回は狭山事件の関連著作もある方、現在事件関係者の取材を実施中で近々関連書籍の出版も予定している方、「事件関係ブログ」「狭山事件関連資料」を主宰しているM氏など、現地見分や真相追求のコアなメンバーが集まり、内容的には非常に濃いものとなった。

天候は曇り、毎年5月の見分時には日中は夏日となる日が多かったが、この日は徒歩には最適な日和となった。
 
 *見分行程
狭山市駅西口―被害者の通っていた学校跡とその付近―旧東中学校―第1第2ガード―荒神様―死体発見現場付近―現地事務所

狭山市駅周辺の再開発が進んでいると言う事なので、その進み具体を見るのも今回の見分の目的であった。既に西口周辺も立ち退きの用意が可成り進捗している模様。ちなみに東口の駅ビルは既に3月頃から閉店との張り紙が出ていた。

小沢毛糸店もそのうちに無くなってしまうらしいが、取り敢えず今の処は健在の様子。

被害者が通っていた学校跡。こちらは今後とも現状維持が続くと思われる。事件当時分校と言う事だったが、現在の看護学校も狭い敷地に建っていて、当時も小さな学校であった事が偲ばれる。
東中跡(小学校)。ここで事件当日、被害者が野球試合を見ていたと言う情報が当時の報道にある(事件関係ブログ>被害者の足取りと野球の試合)。その真偽は明確では無いが、この学校から第1ガードはほど近く、そこへ向かう道すがらに見物していたと言う可能性はある。
上の写真のように、現在では学校の前(西武線の線路と学校との間)に幼稚園が出来ているが、この幼稚園が建ったのは昭和40年代に入ってからであるので、事件当時はガードへ向かう道に直接面して東中があったと思われる。善枝さんはこの道でいっとき自転車を止めて野球観戦をしていたとも考えられる。
第1(上)及び第2ガード(下)に至る。

参加者の中で事件当時のこの付近の様子を良く知るKさんによるとこの付近は現在からは想像も出来ぬほど寂しい場所で、特に第2ガード付近は「特別そこへ行く目的(或いはそこを通らなければ家に帰れないなど)でもなければ普通は来ない」ような場所であったと言う。

第2ガードからX交差点(上)を経て、荒神様(下)に至る。
この辺りはまだ昨年迄の様子をとどめているけれども、西口だけでなく東口周辺も含め、再開発中。
荒神様から現地事務所方向へ歩き、ふと駅の方を見ると、駅から真直ぐに伸びる道路を建設中である事が解る。上の写真がその駅方向で、下が反対側を向いて撮影したもの。おそらく下の写真の道は、今後駅へと整備されるものと思われた。
このように、毎年開発が進み、事件当時を彷彿とさせる雰囲気はますます無くなって行くので、初めて現地に立つ人には実感が湧きにくい風景になってしまうだろう。せめてその変遷の様子を記録して行きたいと思う。

午後3時半過ぎに、現地事務所に到着。石川さんご夫妻もお元気そうでなによりであった。今回は比較的少人数という事もあり、夕方5時過ぎるまで、石川さんのお話を伺うことが出来た。

今回は現地へ来るのも数回目と言うメンバーであった。加えてそれぞれ書籍やサイト等の媒体を使用出来る人も4、5名と言う構成であったので、一層の情報発信をする事を切にお願いして終了。

◆長兄説◆
◆黒幕説◆
◆屍体埋没◆
◆怨恨説◆
黒幕説補稿
異説 紛々
◇狂言誘拐説◇
長兄の手記
電話の証言
法医考察1
法医考察2
法医考察3
法医問題の決着
基礎事実の検討1
基礎事実の検討2
現地調査写真
現地調査写真2
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実況見分考察
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