昭和47年4月18日第2審第60回公判 |
山上弁護人:あなたのところは当時電話が入っておりましたか。
長兄:入ってません。
山上弁護人:私が調べたところでは、農協を通じて有線が入ってませんでしたか。
長兄:当時有線は入ってました。
山上弁護人:これは学校なんかに間接ですが電話がいけるんじゃないですか。
長兄:中学はできます。
山上弁護人:高校は。
長兄:高校はできません。
山上弁護人:どうして。
長兄:農協を通さないと出来ないんです。
山上弁護人:農協を通せば出来ますね。
長兄:はい。
山上弁護人:私、わからないのは無断外泊した時どなたも迎えに行ってないようだ
けど(被害者が中学生の時大雨の為に友人宅に無断外泊したが、家人
はその時には迎えにも捜しにも出ていないことを指す)電話で確かめ
るということを、一日には思いつかれませんでしたか。わざわざ車で
迎えに行くというのは、その五月一日だけですね。
長兄:雨が強く降っていたもので、ただそういう気持になったろうと思うん
です。ものすごい雨でしたから。
山上弁護人:篠つく雨ということですね。
長兄:はい。
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有線電話は堀兼農協管内約1500世帯に設置されていた。
当時一般の電話と有線電話を地域の人々は別物として認識していたとも考えられ
る。その前提でこの証言を解釈すれば「電話は入っていなかった」「しかし有線は
入っていた」「中学にも有線が設置されておりそこには直接かけられた」「高校に
は農協を通じて外線即ち一般電話にかける事が出来た」「以前大雨の時の無断外泊
では迎えにいったりしなかった」「しかし今回に限り、電話もかけずに迎えに行っ
た」
*電話についてより詳しくは
こちら=基礎事実の検討→事件発覚時刻について→有線電話について もお読み下さい。 |
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