今迄言われて来た諸説について主なものを簡略に紹介したい。説
への評価は省略。なお説の名前はそれぞれの特徴を踏まえつつ当サイト筆者が勝手に命名したものです。
*変死者・家族関与説
動機の点では痴情(関係清算)や身代金目的が言われている。ま
た単独・複数両説があり、複数犯の場合の組み合わせも様々。その
主なところを挙げて見ると。
OG単独説(または家族従犯)
事件発覚直後の自殺と被害者と面識のある人物と言う事で、OG
を疑う説は多い。動機は自身の結婚を前にしての男女関係清算。或
いは、初めから覚悟の自殺であって、言わば「無理心中」であると
言うもの。心中の場合、佐野屋へ行ったのは、事件を身代金目的の
犯行と見せかけて、死後の自分自身と家族の名誉を守護した、と。
これに、従犯的に姉、長兄など被害者家族の関与を考えた説もあ
った。
IT主犯+OG従犯説
礫川全次氏及び亀井トム氏(当初)の説として『無限回廊』で紹
介されている。動機は身代金目的らしい。強姦目的も含むのかも知
れない。ITに何らかの弱みを握られていたOGが、真の目的を知
らされる事無く脅迫状作成をITに強要された。それにより、嵌め
られた事を悟ったOGが自殺(或いはOGも殺害)。
長兄主犯+OG・IT共犯説
亀井氏が上記の後唱えていた。オーソドックスな説のひとつと言
える。動機は被害者に財産を相続させたくない事。これに、被害者
の出生にある秘密があり、家族の中で被害者だけを排除したと言う
事を付け加えた説もある。この場合、被害者と男女関係があったの
はOGだと言う説が多いようである。
長兄主犯+姉・YHなど家族従犯共犯説
上記の説の変型。動機は財産・出生の秘密の他、YHと被害者、
姉の三角関係(関係清算)などの説もあった。更に当説の変型版と
しては、家族と変死者との主従共犯関係の色々な組み合わせや、想
像を更に逞しくして変死者や家族などの「男女多角関係」を空想し
た説も。
YH・姉共犯+長兄従犯説
これも動機は関係清算。姉の婚約者YH(この時点ではまだ婚約
はしていないが)が被害者を殺害。それを知った長兄がやむを得ず
事後協力する。
*被害者が性交をしていた事実から、動機を男女関係清算に置く説は多
い。これらの説の場合、殺害が突発的、計画的、双方の説がある。
*特殊な異説
医師X+元軍人Q共犯説
動機はXの男女関係清算。Qは、Xの父親時代からの子飼いだと
言う。甲斐仁志氏の説に近いが、佐野屋に現れた男を夜目の利くよ
うな訓練を積んだ元軍隊経験者としている。
森の息子説
動機は怨恨。森は、戦前から上赤坂地区にあった「講」のひとり
で、被害者父の讒言により(または母の不倫相手であったと言う事
により)講から追放された。講を追放されると言う事は、その土地
を去らなければならぬらしい。この森には次男がおり、昭和26、
27年頃次女と共に結核で死亡したらしいのだが、次女には役場に
よる死亡確認があるのに次男にはそれが無かった。別の証言では、
次男は昭和24、5年頃に人身売買のような形で特殊部落に養子に
出されたと言う。後者の証言が確かなら次男はその後も生きていた
事になる。
一方、入間川には元浮浪児であった田中(仮名)という人物がい
た。これは上記の関係者紹介のような人物で、OG、ITとも接点
があり、年齢がほぼ森の次男に符合し、出自も不明なので、これが
森の次男であると目されると言う。
この森の次男が被害者一家に怨恨をいだいた。OGやITと共犯
か、従犯として利用したとも考えられる。また、黒幕説と合体する
説として、被害者一家への犯行を計画した有力者一味に、この次男
が加担していたとの説もあった。
黒幕説
動機は利権絡みの確執、殺害は突発的なもの。土建屋を営む元区
長のOは地元での土地整備事業を巡って被害者の父と対立。このO
と利害を共にしていた議員Uらが、子飼いの不良少年グループのA
らを使って被害者を監禁させ、ゆさぶりをかけようと画策。その際
被害者家族に関わるある秘密を入手し、これもゆさぶりの材料とし
たらしい。被害者は後で帰宅させる計画であった。
ところがAは何らかのトラブルで被害者を殺害してしまい、その
後始末を自分の直接の親分であるやくざ者の仁侠系のOに泣きつく
事になった。そこで身代金目的の誘拐・殺害に見せ掛ける為策略を
施した。佐野屋へは、Aが親分に失敗の穴埋めをする為に行った。
Aらは事件当時別件で逮捕されたが、Aは度胸が据わっており確
証の得られぬまま勾留期限となり釈放されたと言う。
1−898氏が所沢署の元刑事であった叔父さんから、当時の捜査状況などを聴取したものとして報告されていた。
参照=黒幕説補稿→続・黒幕説
黒幕&森の次男説
上記2説を合わせた(ような)説。議員内山は農水省主導の水利
事業の狭山市での工事を土建会社Kにさせようとしていたが、区長
の中で被害者の父のみが反対していた。そこで内山は所有する酒場
に出入りしている二枚目田中を被害者に接触させて拉致監禁し、こ
れにより、被害者の父の水利事業への反対を撤回させようと目論ん
だ。しかし田中=森次男は当初から監禁に留めるつもりは無く、被
害者を殺害。
この田中なる人物は実在の人物で、事件当時別件逮捕された1人
だと言う。その後昭和45年4月多摩市生活保護養護センターに於
て肺炎で死亡。議員内山=Uとすれば、1−898氏の報告とも良
く符合する。ただ、田中=Aとすると、田中の年齢は当時24の筈
(死亡時推定31歳)で、1−898氏の投稿では、
>Aと被害者は年も近く小学校まではよく遊んでいた
とあり、事件当時16歳であった被害者とは「年が近く」とは言え
ない事になるが。 |