異説紛々

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事件概要
近況告知板
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事件関係者

 ()内=事件当時の年齢
 
*被害者家族
 被害者=昭和38年5月1日誕生日当日、下校後失踪。
     同5月4日狭山市入間川2950付近の農道に死後 
     埋没されているところを発見された。四女。
   父=明治38年(1905)8月14日生(58)
     事件当時堀兼地区の区長をやっていた。
   母=昭和8年5月12日当時の堀兼村上赤坂の被害者宅
     へ下赤坂から嫁に入る。翌朝庭に墓石や卒塔婆がた
     くさん放り込まれてあった。
     昭和28年12月30日午前10時30分東京都北
     多摩郡小川町(当時)国立療養所精神科に於て死亡。
     診断書には死因は「脳腫瘍」。死因が精神科とは無
     関係。入院から約10日で死亡しているが近隣住民
     の目撃によると入院前日まで畑仕事をしていた。脳
     腫瘍がこのような短期間に発病して死に至る事は通
     常は考えられない。
  長兄=脅迫状「発見者」定時制高校を優秀な成績で卒業後
     一時日刊紙東京タイムスに勤務後、池袋の会計事務
     所に勤務のかたわら目白の経理学校に通学。その後
     顔面神経痛と脊髄の病気で5年間東大病院に通院。
     家の農業に従事。公判時の証言が不審。(26)
  長女=事件一年前に家を出た。結婚し子供2人。(29)
  次姉=昭和39年7月14日午前自宅で変死。農薬による
     自殺と発表された。佐野屋へ偽札を持参、犯人と対
     峙したわけだが。婚約者と入籍後も実家で生活して
     いた。次女。(23、享年24歳)
  三女=夭折、昭和18年5月18日享年3歳。
  次兄=昭和52年10月4日自宅で変死。営んでいた中華
     料理店の経営不振による自殺と言われている(19)
  末弟=戸に差し挟んであった脅迫状を長兄の指示で取った
     とされる。しかし脅迫状に末弟の指紋は無かった。
     後年他家へ養子(荒井姓)駒沢大学卒。(11)
  YH=姉(次女)の夫君。長兄の小中学校同級生。当時所
     沢の米軍兵站廠勤務、農家長男。事件の年の秋見合
     いにより婚約し12月に入籍、翌年秋に挙式予定で
     あった。長兄と同じ日に出廷したが長兄
     同様、証言が不審。(26)
 
*変死者(姉・次兄以外)
  OG=昭和38年5月6日朝、実家に於て農薬を飲んだ上
     井戸に飛び込み自殺。元被害者宅作男。事件当日は
     被害者が目撃された第二ガード近くの勤務先を3時
     40分〜4時頃に退出。5時〜7時頃迄実家で飲酒
     をしていたと言う。4・5日は無断欠勤。享年31。
     遺書らしき物。
  TN=5月11日午後8時頃自宅奥座敷で変死。ナイフを
     心臓に突き刺していた。「事件当日夕刻狭山精密近
     くの山林で3人の男と車を見た」との情報提供者だ
     が、警察に厳しい取り調べを受け、死亡前日憔悴し
     て帰宅後は寝込んでいたと言う。享年31。
  IT=昭和41年10月24日入曽駅付近の線路上で轢死。
     I養豚場経営者の兄。泥酔していたとも言われる。
     被害者の首にあった「すごき結び」の結び方につき、
     熟知していたとも言われている。入曽駅の日誌は轢
     死当日の分が破棄されていた。
 
*目撃者・佐野屋での関係者
 M会長=堀兼中PTA会長。姉と共に佐野屋へ行った。翌年
     3月15日脳出血で死亡。
 I先生=被害者が堀兼中3年生の時の担任。事件当日午後3
     時頃被害者を第二ガードで目撃した。佐野屋へ同行。
 主婦N=被害者を第一ガードで目撃3時20分頃。
 生徒O=被害者を関口自転車店付近で目撃。2時半〜40分。
 (ここでは証言通りを記したが目撃時刻については諸説があ
  り且つ目撃証言そのものの信憑性に異論も出ている。証言
  通りだと被害者は下校後、学校から遠い方から近い方に向
  って移動した状況となる )
 
*諸説の中の登場人物
 医師X=事件当時川越在住。
   Q=元軍人、暗夜での行動訓練修得者。
   森=上赤坂地区にあった「講」の一員。被害者父の策略
     で講から追放されたらしい。
森の次男=森の追放により不遇な人生を強いられ、被害者一家
     に恨みをいだいていたと言う。
  田中=入間川駅付近の酒場Kで男娼をしていた。この酒場
     にはOGも常連とされ、また田中はITの養豚場で
     働いていた事もあると言い、この両者と接点があっ
     た。この田中が、森の次男ではなかったか、と言う。
     事件後別件逮捕された。
     昭和45年4月肺炎で死亡、推定31歳。
 議員U=地元での土地整備事業に関与していた。
土建屋O=Uの配下で土建会社を営んでいた。上赤坂地区の元
     区長で、現区長の被害者の父とは土地整備事業を巡
     って対立していたと言う。
仁侠系O=Uや土建業Oらと懇意であった。
少年Aら=地元の不良グループで仁侠系Oの配下にあった。A
     は被害者宅から6、7百M付近に住み小学校迄は遊
     友達、事件後別件逮捕された1人。
  内山=市会議員。農水省の水利事業を狭山市へ誘致。議員
     Uと同一人物?
土建業K=内山により水利事業の工事を得た(法人)土建屋O  
     が経営者?

推理の分岐点

推理の道筋、切り口、いくつかの重要問題について、どのように判
断するか、と言う事である。思いつくままに幾つか挙げると、
 
1=単独犯か、複数犯か
2=動機→痴情、怨恨、利権、財産、金銭
3=殺害→偶発的か、計画的か
4=殺害日時→佐野屋の先か、後か
5=事件発覚時刻・状況→発表通りか、否か
 
推理の出発点として、これらの選択的事項についてどのような判断
をしていくか、と言う事である。その選択の仕方によって、その後
の推理の道筋が異なって来る。

諸説紹介

 今迄言われて来た諸説について主なものを簡略に紹介したい。説
への評価は省略。なお説の名前はそれぞれの特徴を踏まえつつ当サイト筆者が勝手に命名したものです。
 
*変死者・家族関与説
 
 動機の点では痴情(関係清算)や身代金目的が言われている。ま
た単独・複数両説があり、複数犯の場合の組み合わせも様々。その
主なところを挙げて見ると。
 
 OG単独説(または家族従犯)
 事件発覚直後の自殺と被害者と面識のある人物と言う事で、OG
を疑う説は多い。動機は自身の結婚を前にしての男女関係清算。或
いは、初めから覚悟の自殺であって、言わば「無理心中」であると
言うもの。心中の場合、佐野屋へ行ったのは、事件を身代金目的の
犯行と見せかけて、死後の自分自身と家族の名誉を守護した、と。
 これに、従犯的に姉、長兄など被害者家族の関与を考えた説もあ
った。
 
 IT主犯+OG従犯説
 礫川全次氏及び亀井トム氏(当初)の説として『無限回廊』で紹
介されている。動機は身代金目的らしい。強姦目的も含むのかも知
れない。ITに何らかの弱みを握られていたOGが、真の目的を知
らされる事無く脅迫状作成をITに強要された。それにより、嵌め
られた事を悟ったOGが自殺(或いはOGも殺害)。
 
 長兄主犯+OG・IT共犯説
 亀井氏が上記の後唱えていた。オーソドックスな説のひとつと言
える。動機は被害者に財産を相続させたくない事。これに、被害者
の出生にある秘密があり、家族の中で被害者だけを排除したと言う
事を付け加えた説もある。この場合、被害者と男女関係があったの
はOGだと言う説が多いようである。
 
 長兄主犯+姉・YHなど家族従犯共犯説
 上記の説の変型。動機は財産・出生の秘密の他、YHと被害者、
姉の三角関係(関係清算)などの説もあった。更に当説の変型版と
しては、家族と変死者との主従共犯関係の色々な組み合わせや、想
像を更に逞しくして変死者や家族などの「男女多角関係」を空想し
た説も。
 
 YH・姉共犯+長兄従犯説
 これも動機は関係清算。姉の婚約者YH(この時点ではまだ婚約
はしていないが)が被害者を殺害。それを知った長兄がやむを得ず
事後協力する。
 *被害者が性交をしていた事実から、動機を男女関係清算に置く説は多
  い。これらの説の場合、殺害が突発的、計画的、双方の説がある。

*特殊な異説
 
 医師X+元軍人Q共犯説
 動機はXの男女関係清算。Qは、Xの父親時代からの子飼いだと
言う。甲斐仁志氏の説に近いが、佐野屋に現れた男を夜目の利くよ
うな訓練を積んだ元軍隊経験者としている。
 
 森の息子説
 動機は怨恨。森は、戦前から上赤坂地区にあった「講」のひとり
で、被害者父の讒言により(または母の不倫相手であったと言う事
により)講から追放された。講を追放されると言う事は、その土地
を去らなければならぬらしい。この森には次男がおり、昭和26、
27年頃次女と共に結核で死亡したらしいのだが、次女には役場に
よる死亡確認があるのに次男にはそれが無かった。別の証言では、
次男は昭和24、5年頃に人身売買のような形で特殊部落に養子に
出されたと言う。後者の証言が確かなら次男はその後も生きていた
事になる。
 一方、入間川には元浮浪児であった田中(仮名)という人物がい
た。これは上記の関係者紹介のような人物で、OG、ITとも接点
があり、年齢がほぼ森の次男に符合し、出自も不明なので、これが
森の次男であると目されると言う。
 この森の次男が被害者一家に怨恨をいだいた。OGやITと共犯
か、従犯として利用したとも考えられる。また、黒幕説と合体する
説として、被害者一家への犯行を計画した有力者一味に、この次男
が加担していたとの説もあった。
 
 黒幕説
 動機は利権絡みの確執、殺害は突発的なもの。土建屋を営む元区
長のOは地元での土地整備事業を巡って被害者の父と対立。このO
と利害を共にしていた議員Uらが、子飼いの不良少年グループのA
らを使って被害者を監禁させ、ゆさぶりをかけようと画策。その際
被害者家族に関わるある秘密を入手し、これもゆさぶりの材料とし
たらしい。被害者は後で帰宅させる計画であった。
 ところがAは何らかのトラブルで被害者を殺害してしまい、その
後始末を自分の直接の親分であるやくざ者の仁侠系のOに泣きつく
事になった。そこで身代金目的の誘拐・殺害に見せ掛ける為策略を
施した。佐野屋へは、Aが親分に失敗の穴埋めをする為に行った。
 Aらは事件当時別件で逮捕されたが、Aは度胸が据わっており確
証の得られぬまま勾留期限となり釈放されたと言う。
 1−898氏が所沢署の元刑事であった叔父さんから、当時の捜査状況などを聴取したものとして報告されていた。
 参照=黒幕説補稿→続・黒幕説
 
 黒幕&森の次男説
 上記2説を合わせた(ような)説。議員内山は農水省主導の水利
事業の狭山市での工事を土建会社Kにさせようとしていたが、区長
の中で被害者の父のみが反対していた。そこで内山は所有する酒場
に出入りしている二枚目田中を被害者に接触させて拉致監禁し、こ
れにより、被害者の父の水利事業への反対を撤回させようと目論ん
だ。しかし田中=森次男は当初から監禁に留めるつもりは無く、被
害者を殺害。
 この田中なる人物は実在の人物で、事件当時別件逮捕された1人
だと言う。その後昭和45年4月多摩市生活保護養護センターに於
て肺炎で死亡。議員内山=Uとすれば、1−898氏の報告とも良
く符合する。ただ、田中=Aとすると、田中の年齢は当時24の筈
(死亡時推定31歳)で、1−898氏の投稿では、
 >Aと被害者は年も近く小学校まではよく遊んでいた
とあり、事件当時16歳であった被害者とは「年が近く」とは言え
ない事になるが。

―此の項終わり―
 
♪息抜きコラム♪
 ☆新説!新井泉+盛況健治+1の531=共犯説
*新井泉=元軍人。だから元軍人説にも合致する。勿論さのヤに
 現れたのはこの人物であった。マニアの間で「丸秘中の丸秘」
「国家機密」とも称される「ひこつくし」の完成品を片手でこし
 らえるほど熟知している。住居は狭山市近隣。自転車十数台を
 自宅に隠し持ち、チャリにかけては名人級。被害者宅裏道に車
 を止め、自転車と脅迫状を届けた。
*盛況健治=有名な「2ちゃんねる」でも「犯人は盛況」「健治
 が犯人」と指摘された人物。事件後、推理サイトを開いて自分
 以外のあらゆる人物に疑いの目を向けた噺を垂れ流して捜査を
 かく乱している。長文投稿で鍛えた文章力で脅迫状を作成した
 人物。稚拙を装っているが実は漢字に熟知した犯人像と言う説
 にも合致する。図々しくも石川氏に面談を繰り返している。過
 去の反省の気持ちもそれでも少しはあるらしく毎年殺人の日に
 被害者の墓参をしている。
*1の531=この人物は過去には長兄氏に電話をかけていた。
 電話にかけては名人級。従って公式発表時刻より前、脅迫電話
 をかけた人物。やはり事件後の被害者宅が気になるのかよし枝
 地蔵をカメラを持って撮りに行ったり、その上図々しくもさの
 ヤは警察の自作自演などと言ってはばからない(もしかすると
 犯人だからこそ言える事実かも知れない)。警察に深い恨みを
 持ち、さのヤ逃走の計画立案者と思われる。
 
 *動機が不明。
 *事件発生とこの三人の人物の年齢がどうも合わない。
など、当説の弱点は多々あるのだが…(太笑い)
◆長兄説◆
◆黒幕説◆
◆屍体埋没◆
◆怨恨説◆
黒幕説補稿
異説 紛々
◇狂言誘拐説◇
長兄の手記
電話の証言
法医考察1
法医考察2
法医考察3
法医問題の決着
基礎事実の検討1
基礎事実の検討2
現地調査写真
現地調査写真2
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